秋津皇国興亡記~シキガミの少女と北国の姫~2

「髪型」

まだ宵が嫁いできておらず、景紀が父に代わって当主としての政務を行っていた頃の話。


前編

 それは、本当に何気ない一言から始まった。
「なあ、とう。髪、ってみたりはしないのか?」
 結城ゆうき家皇都屋敷の執務室で、今は当主代理を務めている嫡男の少年・景紀かげのりがそう言ったのだ。
「どうしたの、藪から棒に?」
 補佐官用の机で書類の確認をしていた冬花が、主君たる少年の一言に怪訝な顔を見せた。
「いや、お前っていつも髪を後頭部で一括りにしているか、下ろしたままだったりするだろ? 少しは結ったりしないのかと思ってな。皇都だと、女学生を中心に色んな髪型が流行ってるだろ?」
「確かに最近じゃあ“断髪だんぱつ”なんて思い切った髪型にする子もいるけど、私は女学生の頃からこんな感じだったし、今さら髪型にこだわる意味もないわ」
 乳兄妹ちきょうだいでもある少年の言葉に、白髪赤目の少女はさして興味のない口調で返した。
「だいたい、こんな髪を結ったところで、かえってみっともないだけでしょうに」
 冬花は自身の髪を一房つまみ、自嘲する。
 自分の容姿が他の人とは違っていることは、幼少期から嫌というほど思い知らされている。白髪赤目の自分が綺麗に髪を結い、おしゃれな服を身にまとっても、かえって惨めな思いをするだけだろうという、確信に近い諦観が冬花にはあるのだ。
 だから普段は、剣士のような格好をことさらに好んでいた。
「そうか? 俺は、純白の絹糸みたいで綺麗な髪だと思うけどな」
 なのに、冬花の主君は衒いなくそう言ってくる。自分自身ではそうは思ってないのに、それでも景紀がそう言ってくれるのは素直に嬉しい。自身の容姿を嫌いながらも、日々、髪と肌の手入れを怠っていないのは、彼がそう言ってくれるからだ。
「なに、見てみたかったの?」
 だから今度は、自嘲ではなくからかうような調子で訊いてみた。たぶん、自分は彼に期待していたのだろうと冬花は思う。
「まあ、そりゃあ、そんだけ長くて綺麗な髪なんだからな」
「ふ~ん、そう」
 景紀の言葉に口元が緩みそうになるのを、冬花は必死で堪えなければならなかった。
彼が見たいと言うのなら、それに応えたいと思ってしまう自分がいるのだ。自分でも、難儀な性格をしていると冬花は思う。
 だからものは試しと、今日は下ろしたままにしていた髪を冬花は手で押さえる形で、側頭部で一括りにしてみせた。
「おっ、いつもと結ぶ場所が違うだけで随分と印象が変わってくるな」
 すると、景紀は意外なほど感心したようだった。
「後頭部の高い位置で結んでいると凜々しいって感じなんだが、これだと可憐さの方が際立つな」
「もう、ちょっと結ぶ位置を変えたくらいで大げさね」
 わざとらしい呆れ声を出すが、冬花はどうしたって自身の心臓が落ち着かなくなるのを止められなかった。
ちゃんと髪を結ったら彼はどんな言葉をかけてくれるだろうかと、思わず冬花は考えてしまう。
「でも、そうね。景紀がそんなに言うなら、ちょっとだけ試してみるのもいいかもしれないわね」
もちろん、人前でおしゃれをし、髪を綺麗に結うことには依然として躊躇いがある。だから、見せるのは景紀にだけだ。
「今度の休み、付き合ってもらうから空けといてちょうだい」
「おっ、そりゃあ楽しみだ」
「まったく、変に期待して、後でがっかりしても知らないわよ」
 照れ隠し代わりにそう釘を刺してみるが、さっきから期待しているのは自分の方なのだ。
 彼のためだけに髪を結う。
 たったそれだけの約束で、冬花は前向きな気持ちになれた。いつだって、自分の心を動かしてくれるのは景紀の言葉なのだ。
 幼い日に交わした指切りのシキガミ契約。それが、自分と景紀の原点なのだから。

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