最後の夜前編
「ウーノ殿! ご相談が……」
「すまない。後にしてくれないか。今は手を離せそうにないんだ」
次から次へと持ち込まれる案件。私——ウーノは今、書類の山に埋もれていた。
王城陥落から既に数日。
第一王子の後見として、復興の目処が立つまでしばらく王都に駐留することになった我々カイロス領軍ではあるが、山積する案件の量に比して、圧倒的に実務作業者が足りていない。
それも全て、あのポンコツ王太子のせいである。
あのバカのせいで王国側の指揮系統は見る影もなくズタズタ。また、我が方も騎士団幹部たちが、あの男の差し向けたブロブゴーレムの暴走で全滅しているのだ。
その結果、行き場を失った仕事の多くは、エミリアお嬢様の右腕たる私の下へと集まってくるというわけである。
とはいえ、忙しいことに救われている部分もあった。
余計なことを考えずに済むからだ。
先日、エミリアお嬢様がオズマと男女の関係になった。これでお嬢様が正妻、私が妾としてオズマと共に生きていける。そう思ったのだが、それを告げると、お嬢様の表情が寂しげに曇った。
「彼は……この地を去ります」
お嬢様の口からそう聞かされた時には、自分でも意外な程に狼狽した。
お嬢様は、私にオズマと共に行っても良いとそう仰ったが、そんなこと出来るわけがない。
カイロス家は王国から独立し、独自の道を行こうとしているのだ。
お嬢様を待ち受ける苦難から目を逸らすことなど、私に出来ようはずがなかった。
(オズマ、どうして……)
わかりきったことだ。彼には彼の帰る場所がある。
千々に乱れる心から顔を背け、書類の山と向かい合う内に、気がつけば窓の外には夜の帳が降りていた。
食事を摂ることすら忘れて没頭すること数時間。室内には誰が灯してくれたかすらわからぬランタンの灯りが点っていた。
必死に現実から目を背けていただけに、現実に引き戻されると、これまで覚えたことのないほどの切なさが胸に去来する。
嘗て、男に抱かれることはただの義務でしかなかった。目を閉じ唇を噛んで我慢するだけの営み。だが、オズマだけは何もかもが違った。
自分から抱かれたいと思った男は、他にいない。
抑えきれない衝動に突き動かされて、私は席を立ち、足早に執務室を後にする。
気がつけば私は、オズマの部屋の前にいた。
息を大きく吐いてノックをする。
「……誰?」
部屋の中から少し気の抜けたような男の声。今、一番聞きたかった男の声がした。
私は、ノブに手を掛け、室内へと足を踏み入れる。
私だと思っていなかったのだろう。きょとんとしたような顔をするオズマ。
幸い、部屋には他に誰もいなかった。
私は胸に高鳴りを覚えながら、オズマを見据える。
そして、こう口にした。
「抱かれにきたんだ……」
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